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2015.02.10 (Tue)

分相応・分不相応について考えてみた2015

2014年は「分相応」という言葉についていろいろと考えさせられた年でした。

2014.09.28
分相応・分不相応について考えてみた

2014年最後に出会ったこの本の一節に、考えるヒントを頂きました。
貧しいお侍さんが、上等な刀の鍔を拾って使い始める。すると、鍔が立派だから刀がみすぼらしく見える。そこで、なんとか刀を上等なものに買い替える。刀が上等になると、今度は着物がみすぼらしく見えて、いい着物を買う。そうやってどんどん次から次へと求めていく。「足りないもの」がどんどん大きくなって最後に破産をして不幸になる。

本全体の櫻田のレビュー
自分の「ものさし」で生きなさい


普通のOLが、奮発してセルジオロッシのハイヒールを買った。
すると、靴が立派だから、洋服がみすぼらしく見える。
そこで、なんとか洋服を上等なものに買い替える・・・

今、櫻田はロレックスを40歳記念に買おうかと思っているのだけれど、
それが、分不相応なのか相応なのか、分からなくて悩んでいる。

いや、正しいのか正しくないのか、分からなくなってきている、
と言ったほうが、今の悩みを表現するのにしっくり来る気がする。

なんだか、他人のものさしで測ろうとしてるんだよな、ワタシ。

普通のOLが、奮発してセルジオロッシのハイヒールを買った。
すると、美しいもののパワーに気づき、厳選して洋服を買うようになり、
メンテナンスを学び、そのハイヒールに相応しい女性を目指すようになった。


自分のストーリーで、自分の選択に責任を持って、
自分の力で買って、責任を持って身につければいいじゃない。

それを買うか買わないかの判断を、
「一般的に分相応か不相応なのか」という実在しないものに委ねて、
自分でその判断に責任を持つことから逃げていた気がする。

そうだ、自分のものさしを、磨き、信じよう。
自分の選択に、自分自身に責任を持とう。





昨年は、何でも分相応・不相応っていう意識があって、
背伸びするのは止めた方がいいかもって、考えていた。

でも、手の届く価格帯のもので手を打つのは、意外とラクなんだよね。
ま、いっか、って買えちゃうし。本当にそれが必要か、考える必要がない。
背伸びしなきゃいけないものは、相応の覚悟が必要だし、
他のものが買えなくなるという犠牲も生じる。
今までのものとちょっと違うから、ワードローブとの相性も難しいかもしれない。
着ることにもパワーがいる。すっごい、ものすっごい厳選する。

そして、買った時、身につける度に、ワクワクするものになる。

また、価格だけじゃない。
馴染みの、一般的なブランドの物だと安心するけど。
そうじゃないものを買うのって、それも勇気がいったりする。
自分のなかに欲が出て、分不相応なことを求める気持ちが出て来ると、この話を思い出す。
でも、それでも、このお侍さんのお話は心に留めておきたい。
人はある程度は「タガ」をはめた方がいいこともあると思う。

ただ求めるままというのではなく、櫻田こずえという人のライフスタイルとして、
バランス良く、しっくりくるものを選び続けていきたいと思う。

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